元・ふわふわ北京日和

北京住み→日本に本帰国。現在は中国に関係あったりなかったりの気ままなブログ。

【奈良】昔は57mの五重塔があった。ならまちの元興寺塔跡(奈良市・御朱印)

今月2度目の、ならまちをぶらり歩き。

前回は、世界遺産にも登録されている元興寺を訪れましたが、今回は元興寺塔跡へ行ってみました。

元興寺はこちら↓

minghuabj.hatenablog.com

 

元興寺の縁起などについては前回記事に書いたので省略しますが、ざっくり復習すると…。

元興寺は、飛鳥に蘇我馬子が建立した日本最初の本格的伽藍である飛鳥寺法興寺)が、平常遷都に伴って、718年(養老2年)に官大寺として移築されたのが始まりです。

かつては、その境内は非常に広く、多くの信仰を集めていました。しかし、1451年(宝徳3年)の土一揆により、金堂などが焼失。伽藍の大半を焼失しました。

そして、元興寺は極楽坊、五重塔観音堂、小塔院の三寺が分立しました。前回訪れた、世界遺産に登録された元興寺は、極楽坊。観音堂は、東大寺の末寺となり、その観音堂五重塔の系譜を引くのが今回の元興寺塔跡、というわけなのです。

観音堂は、東大寺の末寺となり、華厳宗の寺院となりました。なるほど、だから元興寺塔跡もその流れで華厳宗なのですね。前回の元興寺は、真言律宗です。

(参考:元興寺 - Wikipedia

 

実は、前回もこの元興寺塔跡に訪れてはいたのです。塔跡に桜の木が咲き誇っていてすごく綺麗で、しばし見とれていました。

それなのに…スマホで写真をいっぱい撮ったはずが、後で見返したら一枚も保存できていなかったのはなぜー!

ということで、今回はリベンジで再訪です(笑)。

 

f:id:minghuabj:20210425205550j:image

↑ならまちの路地に面した門。「史蹟元興寺塔趾」の碑が立っています。しかし、あまり目立たないため、見過ごしてしまう人も多そう。

 

f:id:minghuabj:20210425205358j:image

↑大きくはありませんが、重厚で歴史を感じる山門をくぐります。

 

f:id:minghuabj:20210425205336j:image

↑花の多い、趣のある境内。

 

f:id:minghuabj:20210425205344j:image

↑ここが、塔跡です。前回は、後ろの桜の木が咲き誇っていて、それはそれは綺麗だったのですよ🌸人も少ないし、穴場を見つけられた感じですごく好きな光景でした。

まあ今回も、他に参拝客はいません。こちらにはあまり人は来ないのかなぁ。

本当に”跡”だけで、今は見る影もなく寂しいですが、実際は57mの塔であったといわれています。57m、近くにある興福寺五重塔が50.1mなので、それを超す高さです!

その姿を目の前にすると、きっと圧巻だったのだろうなぁ。1859年(安政6年)に焼失してしまいました。

 

f:id:minghuabj:20210425205318j:image

↑史蹟元興寺塔趾、の碑と。

 

f:id:minghuabj:20210425205351j:image

↑奥には本堂(観音堂)があります。

手前の紅葉、この季節に赤い葉をつけている木があって、赤い葉と緑の葉のコントラストが美しく、見入ってしまいました。

 

広い元興寺(極楽坊)と比べて、塔跡は境内もこぢんまりとしており、参拝客も少なく、ちょっと寂しい感じはしました。その分、穴場感もあり、かつてここに建っていた57mの五重塔の姿を想像しながら昔に思いを馳せたりなんかして。

 

御朱印をいただきました。

 

f:id:minghuabj:20210425205415j:image

↑御本尊、弥勒菩薩御朱印です。御朱印は確か3種類ありました。世界遺産元興寺とは別なので、いただける御朱印も異なります。こちらの御朱印はこちらでしかいただけません★

 

写真が残っていないのが悔しいですが、塔跡の桜は本当に綺麗だったなぁ。桜以外にも、さまざまなお花が四季を彩ってくれるので、ならまち歩きの途中に癒されに訪れてもいいですね。

 

 

元興寺 塔跡

住所:奈良県奈良市芝新屋町12

naramachiinfo.jp