【大阪】『曾根崎心中』の舞台となったお初天神・露天神社で御朱印をいただく(梅田)
珍しく梅田へ立ち寄り。「お初天神」こと露天神社を訪れました。
阪急梅田駅からトコトコ歩いて向かいます。
↑梅田には何度も来たことがあるのに、この辺りは初めて。夜来たらもっとにぎやかなのだろうけれど、昼は静かです。
↑こちらがメインの鳥居ですね。
お恥ずかしいことに、私ずっと、「ろてん・じんじゃ」だと思っていたのです…。正しくは、「つゆの・てんじんしゃ」です⛩
↑お初天神通りの商店街側から。
↑商店街のビルに隣接した入口もあります。まさに、都会のビル群に囲まれた神社ですね。
↑奥に見えるのが拝殿。
↑ビル側の入口に通じています。緑と風鈴が涼しげでした🎐
↑手水舎。外国人観光客も多いのでしょう、手水の作法について英語でも併記されています。
↑お初と徳兵衛。日本史の教科書でも出てきた、有名な近松門左衛門の『曾根崎心中』の主人公ですね。1703年、実際にこの神社の境内で心中した二人で、近松門左衛門はその事件を題材に人形浄瑠璃『曾根崎心中』を書きました。
看板が立てかけられているのは、浪花七名井「神泉 露の井戸」です。
↑マスコットのような二人。OhatuとTokubei。
↑顔はめパネル。これはもはやお初と徳兵衛ではないような…(笑)。
↑おみくじマシーンは初めて見たのでびっくりしました。お金を入れなくても、舞獅子が動いていましたよ~👹
↑たくさんのおみくじが結ばれています。そしてここにも顔はめパネルが。「恋人の聖地」推しですね~♡
↑絵馬の隣には、こんな興味深いものが。心美人の手鏡、だそうです!私ものぞいてみましたよ~。よく見えなかったけれど…^^;
↑お初・徳兵衛像。コロナ収束を願って、お二人もマスク姿です><
↑右手には神牛社。菅原道真公も祀られています。
参拝と境内散策を終え、御朱印を拝受します。
さすが都会の観光地でもあるこちらの神社、社務所の周りにも絶えず参拝客が訪れています。お守りなど、授与品の種類も多いです。
↑社務所の柱には、タイ語のパンフレットが貼ってありました。タイからの観光客も多いのかな?
↑神社に「免税」とあるのを初めて見ましたよ👀 絵馬も御朱印も、種類豊富です。境内にはさまざまな種類の絵馬がかけてあるので、見ているだけでも面白いです。美人祈願、やっておけばよかった~😂
御朱印はこのように境内社も含め複数種類ありますが、直書きしていただける通常のものをいただきました。
↑御朱印にもお初さんと徳兵衛さんが。「悪疫退散」も嬉しいです!
猛暑日でしたが、やはり都会の有名な神社、参拝客がひっきりなしに訪れていました。コンパクトな境内であるものの、見どころも多く充実しています。街歩きの途中に訪れてひと休みできるような、ふらっと立ち寄りたいスポットですね。Instagramで見た夕暮れ時や夜の写真も雰囲気があって素敵でした。
【大阪】扇塚建立の地とは? 開口神社(堺市・御朱印)
大阪・堺にて。我が家から電車で行きやすく、程よい都会感と歴史があるエリアなので、ときどき足を運んでしまいます。
堺市役所前でレンタサイクルを借りて、ぶらぶら街巡り🚲南海高野線の堺東駅と、南海本線の堺駅の間にある、開口神社を訪れました。
「あぐち」神社と読みます⛩ちなみに毎回寺社へ向かうには、ちゃんと下調べをして行きますよ!
↑鳥居⛩こちらは東門です。「扇塚建立の地」という、見たことのない碑が立っています。扇塚とは?
こちらも古い歴史を有する神社です。港(湊)を護る役割を持つ神様で、行基により念仏寺が建立され、神仏習合の霊地となりました。念仏寺の通称が「大寺」であったため、廃寺となった今でも、地元の人々からは「大寺さん」と呼ばれているそうです。(開口神社ご由緒書を参考)
神社なのに寺と呼ばれているなんて、面白いですね。
↑境内の様子。鳩がたくさんいました。日向ぼっこしている子もいれば、日陰で涼んでいる子もいます🐤
↑本殿。
境内には、本殿をぐるっと囲むように境内神社がたくさん鎮座していてびっくりしました。
↑竈神社。台所の神様。
↑影向石。
↑この奥の石です。御祭神の塩土大神が、弘法大師と会う時に座られた石ともいわれているそうです👀
↑そして、気になっていた扇塚。芸能の神様なのですね。芸事や習い事の上達を願い、毎年11月に使い古した扇を供養する「扇まつり」をここでおこなっているのですって。面白い~。
↑そして、彼女の名前がついた堺ブランド桜まで。咲いているところを見たいものです🌸
↑菅原神社などの境内神社。
↑本殿の裏側には、薬師社。薬師如来(右)をはじめ、熊野神社や厳島神社、少彦名神社など、たくさんの境内神社が鎮座しています。
↑堺の幼稚園教育発祥の地。
意外と見どころの多い神社でした。参拝と境内散策を終え、御朱印を拝受。
↑神社の御朱印に「大寺」の文字。神仏習合の象徴のようで、印象に残ります。
左上に、小さなしおりのような折り紙をつけてくださいました。可愛いです♡ありがとうございます。
Instagramでは、初詣や夏詣など期間限定の御朱印もいくつか見かけましたよ~。
神社やお寺を巡っていると、もちろん有名な観光地となっている場所もありますが、ほとんどはやはり地元の人々に親しまれ、生活に欠かせない場所となっているのだなぁと改めて感じます。開口神社でもそのような温かい雰囲気を感じました。
【大阪】アサヒビールとの関係が深い、泉殿宮(吹田市・御朱印)
大阪・吹田にて。
片山神社の参拝を終え御朱印を無事にいただいた後は、徒歩で泉殿宮へ向かいました。
アサヒビール吹田工場から南へ、阪急吹田駅の方に向かっていくと見つかります。阪急の駅からはすぐですね。
↑道路側の鳥居⛩
泉殿宮と書いて「いづどのぐう」と読みます。ここが面白いなぁと思ったのは、アサヒビールとの関係を知ったからでした。
明治22年(西暦1889年)、「泉殿霊泉」をドイツのミュンヘンに送り、これビール醸造(じょうぞう)に適水との保証を得、当宮隣接地に同水系の湧水を以って、東洋初のビール醸造工場(現、アサヒビール㈱吹田工場)建設の逸話がある。その後、近隣の都市化に伴い上水道は普及し、又、かつての広々とした水田が殆ど姿を消したのを見届けるかのように、霊泉は地中奥深くに水脈を移し、今は、湧水していない。
(泉殿宮公式サイト「御由緒」より)
へぇぇぇ!そうだったのですね~。アサヒビールの発展は、この泉殿宮をなくして語れないのかも、しれません🍻
もう一つ、大塩平八郎との関係にも驚きました。第32代の宮司さまは大塩平八郎の叔父にあたる方で、大塩平八郎の乱により宮司さまも首謀者として役人に囲まれ、この地にて切腹された、と…。壮絶な歴史の上に成り立っているのですね。
(泉殿宮公式サイト「大塩平八郎」より)
↑本殿の横に、泉殿霊泉があります。今は枯渇しており、水は湧いていません。
↑万国博覧会元柱。
↑こちらが本殿。立派です。左側にはスロープがあって、バリアフリーにも配慮されている様子が伺えます。
↑この場所に絵馬があるのもなんだか風情があります。
↑本殿の屋根が改修されたようで、取替前の鬼板などが展示されていました。
↑こちらは東側にある鳥居です。地元の方らしき人が何人も、こちらからお参りに来られていました。
参拝と境内の散策を終え、御朱印をいただきます。私が訪れたタイミングはちょうど宮司さんがご不在とのことで、書置きの御朱印をいただきました。
↑また、地球儀デザインの旅行安全守を見つけてこちらも拝受。方違神社で買いそびれたので、ここで出会えて嬉しいです!もちろん、当分海外旅行は無理だけれど、また自由に海外旅行できる日が一日でも早く来ることを願って…🌎
猛暑日でしたが、静寂の中歴史に触れ、穏やかな時間を過ごすことができる場所でした。
泉殿宮
【大阪】境内には桃がたくさん!?片山神社(吹田市・御朱印)
先日、日本で初めてHSKを受けました。初の6級受験です。会場は大阪の吹田だったので、試験帰りに吹田で神社巡り。頑張った自分へのご褒美で御朱印を…( ´艸`)
HSKについては、結果が出てから記事を書くつもりです📝
会場のすぐ側に鎮座している、片山神社へ。
JR吹田駅の目の前にアサヒビール吹田工場があり、その道を挟んで向かい側に片山神社があります。
↑この存在感!遠くからもすぐに分かりました⛩
↑階段を上ると、長い参道を歩きます。
↑鳥居の奥に、朱色の鮮やかな拝殿が映えます。
片山神社の御祭神は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)・天照皇大御神(アマテラススメオオミカミ)・住吉大神(スミヨシノオオミカミ)。方位除けや厄除開運で訪れる人が多いそう。
しかし、私がInstagramで見て気になっていたのは…。
↑手水舎。色とりどりの風鈴が涼しげで嬉しいです🎐手水は、センサーで水が出る仕組みでした👀
って、桃🍑!?
そう、Instagramで片山神社の境内に桃モチーフがたくさんあることを知り、なぜ桃!?可愛いなぁと、吹田に来たからには訪れてみたくなったのでした。
↑拝殿前には「祈願桃」🍑
なぜこんなに桃推しなのか、こちらを読んでようやく分かりました。
桃は災難を振り払い、福に転する果実と云われ イザナギノミコトが桃の実の精霊によって危難をのがれ当神社のご祭神(スサノオノミコト)をお生みになりました
なのだそうです。
桃の周りには干支の字が。自分の干支に向かって祈願しました。
↑燈籠。阪神淡路大震災によって破損した鳥居の石柱で建立、とあります。
↑拝殿の前に桃。なんとも可愛らしい構図です。
↑絵馬も桃の形🍑
↑奥には稲荷社があります。干支稲荷って、初めて見ました!中に入って、自分の干支に向かってお参り。
↑愛宕社と結び社。
参拝を終えて、御朱印を拝受しました。
↑御朱印にも桃🍑!これは珍しいですよね。
御朱印集めを始めてから、日本人なのに知らなかった日本の歴史や、その土地のことなど、知識が増えて楽しいです。私は海外大好きで海外のことばかりに目を向けていたけれど、改めて日本の魅力を再発見・再認識できている気がします🗾
片山神社
【大阪】”方災除けの神”方違神社と、世界遺産の反正天皇陵古墳(堺市)
大阪・堺にある世界遺産、百舌鳥古墳群には、昨年仁徳天皇陵を訪れたきり↓。
他の古墳にも行ってみようかなぁ、できれば駅近くですぐ行ける所がいいなと、南海高野線堺東駅から徒歩約5分の反正天皇陵へ行ってみることに。
手元のパンフレットには、古墳の北東側にある方違神社の境内から古墳の後円部を間近に見ることができる、と書いてあるため、御朱印巡りも兼ねて方違神社にも訪れることにしました。
堺東駅からてくてく。
●方違神社
読み方は「ほうちがい」神社です。
↑看板。
↑鳥居。大通り沿いなのですぐに分かりました。中に駐車場もある、広い境内の神社です。
↑影で見づらくなってしまいました💧
摂津・河内・和泉の三国の境に位置しているため、方位のない清池とされてきました。故に古来より方災除けの神として知られ、現在も引越しや新築、旅行などの際に参拝する人が後を絶たないそうです。
ゆかりの人々も、空海、平清盛、徳川家康とそうそうたる方々が。空海は唐へ旅立つ前に、旅の安全を祈願したのですね。
境内には、広々とゆったりした空間が広がっています。
↑まずは、しっかりと参拝です。
社殿は平成29年に造替され、大規模な境内整備がなされたそうです。そのためまだ新しく、とても綺麗です。
(参考「御祭神 | 方違神社公式」)
参拝を済ませ、反正天皇陵古墳が見える場所へ。
すぐお隣が古墳なので、側面がばっちり見えます。
↑方違神社の境内から見た、反正天皇陵古墳。
ばっちり見えるのはとても嬉しいのですが、前方後円墳はやはり、上から見ないとその形は分かりません(笑)。
↑摂社でしょうか。
参拝と境内散策を終えて、御朱印を拝受します。社務所でいただけました。社務所には祈祷を受けられる方が何組もいらっしゃいました。やはり人気なのですね~。
↑御朱印です。
粽と、金色の鳥(幸鶏の鈴)のご説明書きもありがたいです。鶏さん可愛い。
そうそう、こちらの神社では、地球儀がデザインされた旅行安全守があるという情報をネットで見ていたのですが、授与所で見つけることができませんでした。地球儀のお守りほしかったな、残念。私が見落としていただけかもしれませんが💦
方違神社を後にし、反正天皇陵古墳へ。
●反正天皇陵古墳
方違神社から住宅街の細い道をてくてく歩き、正面に着きました。
↑この辺りは散策コースになっているようです。
↑説明書き。本当に、住宅地の中にどーんとあるんです。
↑もちろん、内部に入ることはできません。ここでしばし、古代に思いを馳せます。(暑いけど…)
正面や横からだと全体像が見えないのでとても大きく思えますが、こちらは百舌鳥古墳群では7番目の大きさだそう。全体像が見えない巨大古墳がいくつも、当たり前のように街に溶け込んでいる百舌鳥古墳群、すごいです。
この辺りは古墳がありすぎて、とても一度では回れません。まだ見ていない古墳を見に、これからも何度か来てみようっと。
方違神社
反正天皇陵古墳
↓方違神社も掲載されています⛩
【奈良】心身共にリフレッシュできる、日本最古の神社の一つ 高鴨神社(御所市・御朱印)
奈良の御所市にある高鴨神社を訪れました。雑誌で見た高鴨神社の写真がとても神秘的でマイナスイオンを感じられそうで、心も体も涼しくなれそうな気がして。
↑鳥居。ここからすでに、パワースポット感が漂っているのを感じます。
高鴨神社は、京都の上鴨・下加茂をはじめとする全国の加茂社の総称で、日本最古の神社の一つという大変歴史のある神社です。神社の公式HPによると、なんと弥生中期から祭祀を行ってきたのだとか(!)。
大和朝廷が生まれる以前から大和の地に存在していた鴨族という豪族の発祥の地で、一族の神を祀っています。
そしてやはりここは、多くの「気」が出ているそうで、「夏場に参詣されますと、涼しく感じるのはそのためです」!おおお!確かに、この猛暑の中訪れましたが、やや涼しく感じます。木陰も多いし。
(参考「当神社について : 高鴨神社」)
↑鳥居の隣には、釣鐘堂。
↑境内案内図。広そうです。摂社・末社もたくさん鎮座していますね!
ちなみに、ペットは入れないと看板に書いてありました。
↑鳥居をくぐると、このような風景が迎えてくれます。
なんだか神秘的で、荘厳な雰囲気。
鳥居をくぐってすぐ左手に、祓戸神社があります。境内案内図によると、「知らず識らずに犯した罪やケガレを払い給う神様です。先ずこちらにお参りし、心身共に清浄になって本殿に参拝しましょう」とのこと。もっとしっかりお参りすればよかった!(笑)
↑宮池も大きいです。
↑色とりどりの大きな鯉さんたちがたくさん泳いでいました。鯉のエサも売っていましたよ>゜)))彡
↑手水舎。
↑本殿の方へ。
↑大杉の存在感に圧倒されます。
↑拝殿、本殿。本殿は室町時代に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。
↑本殿側から池を眺める。
本殿を挟んで西側と東側にそれぞれ、多くの摂社・末社が鎮座しています。
西の方に行ってみました。
↑こちらは金毘羅神社。他に八幡神社、猿田彦神社、稲荷神社、八坂神社、春日神社などずらり。主要な神様たちがこんなに集っておられるなんて、やはりパワーを感じます。
↑稲荷神社の鳥居。
↑西神社。
↑自然と一体になった場所、神聖な空気を終始感じました。
良い所だなぁ、と心身共にリフレッシュ気分に浸っていたら、蚊に刺されて我にかえりました(笑)。夏だし山だし、そうなるわね😅
参拝を終え、御朱印を拝受。
↑珍しい字体が可愛らしいです。
なお、高鴨神社から2.7㎞ほど離れた高天彦神社の御朱印もこちらで授与しております、とおっしゃっていただけましたが、高天彦神社には参拝していないので遠慮しました。調べてみると高天彦神社もなんだかすごそう…!いつかそちらも行ってみたいです。
高鴨神社でたくさんの「気」を体いっぱいに浴びてきました。
御所市、この辺りは本当に古い歴史を持つ地域で、奥深さを感じます。またちょこちょこと巡ってみよう。
高鴨神社
住所:奈良県御所市鴨神1110
公式サイト
私はコレ↓で高鴨神社を知りました⛩ 他にも行ってみたい神社がたくさん。
【大阪】空海が配置した星塚や楠木正成の首塚があるお寺 観心寺(河内長野市・御朱印)
高野山真言宗のお寺で、空海が配置した”日本唯一の星塚霊場”や楠木正成首塚をはじめ、見所が多くありました。広い境内を歩いているとたくさんの発見ができ、歴史好きにも魅力的な場所です。
↑カッコいい!
↑ぽー🐶も一緒に、スリングに入ってお邪魔しました。暑いけれど、自然の空気が吸えて楽しそうです( ´艸`)
↑こちらから、お邪魔します。
701年、役小角(役行者)により開かれます。808年、空海がこの地を訪れ、北斗七星を勧請。815年、空海は再度この地を訪れ、如意輪観音菩薩(国宝)を刻み本尊とされます。827年に空海の一番弟子実恵とその弟子真紹が、造営工事を始めました。
(観心寺パンフレットを参考)
↑山門。門にある箱に、入山料300円(大人)を納めます。
↑山門を入ってすぐ、右手側に後村上天皇御旧跡があります。
また、左手側には中院があり、楠木正成は8歳~15歳までここで仏道修行について学んだそうです。
まっすぐ進んでいくと、大きな金堂が見えます。
↑金堂。国宝です。
↑金堂の手前には、弘法大師礼拝石。
↑建掛塔(たてかけのとう)。楠木正成は三重塔の建立を計画したが、1336年に湊川で戦死したため、三重にはならずそのまま建掛塔として今に伝わっています(観心寺パンフレットより)。
さて、観心寺にはとてもユニークな場所があります。それが、星塚です。
1200年前に空海が如意輪観音の周りに配置した北斗七星の塚で、一巡すると一年の厄除けになるんですって。これは回らないと!
↑こちらから、順路に沿って歩きます。
↑ぽー君も一緒に回りますよ^^
↑貪狼星を1として、1から7まで順番に進みます。
↑一、貪狼星。
↑二、巨門星。
↑三、禄存星。この辺りから、山をほんのちょっと登ります。
↑四、文曲星。
↑五、廉貞星。
↑六、武曲星。
↑再び下に降りて、七、破軍星。
↑鎮守堂(訶梨帝母天堂)。
北斗七星巡りが終わり、東の奥の方へ進みました。
↑お砂踏み道場、とあります。
↑修行大師。
↑そして奥の方にひっそりと、ありました。楠木正成公の首塚です。
最後に、金堂の今度は西の奥の方にある、霊宝館へ。
↑こぢんまりとしていますが、内部には楠木家文書など、かなり貴重な資料が展示されていました。
山に囲まれ、落ち着いた気持ちになれます。人も少なく、ゆっくり参拝できました。
さて、私最近、ついに御朱印集めを始めてしまいました…!楽しみが増えて嬉しいです。
↑ありがたく頂戴いたしました。
広くて落ち着いた気持ちになれる、見所の多いお寺でした。
境内にはたくさんのモミジの木が植えられています。紅葉の季節はきっと圧巻なんだろうなぁ。