元・ふわふわ北京日和

北京住み→日本に本帰国。現在は中国に関係あったりなかったりの気ままなブログ。

【和歌山】真田昌幸・幸村父子の蟄居の地・九度山。「九度山・真田ミュージアム」でその軌跡を辿る

高野山の麓にある町、九度山町をぶらぶら。

九度山は、真田正幸・真田幸村父子が蟄居生活を送った場所です。九度山を歩いていると、真田推しがすごい!(笑)

町全体で、真田父子が親しまれ、九度山とのつながりを知ってもらおうとする感じがうかがえます。

 

今回は、まさに真田にスポットを当てた施設、九度山・真田ミュージアムを初めて訪れました。

南海高野線九度山駅から、徒歩約10分の場所にあります。

 

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武家屋敷風の造りの建物。縦に長ーい旗が、青空にまぶしくはためいています。真田といえばの六文銭も、そこかしこに。

 

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↑正面から。

 

九度山・真田ミュージアムは、真田昌幸・幸村・大助(親と子と孫)三代の物語を、後世へと語り継ぐことを目的として作られた施設です。

2016年3月、大河ドラマ真田丸』の放送に合わせてオープンしました。

私、『真田丸』観てないんですけどね…😅

 

館内に入るとすぐ、ミュージアムショップと受付があります。受付で入場料500円(大人)を支払い、いざ展示エリアへ。

 

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↑館内に足を踏み入れると目の前に現れる、甲冑姿の真田三代。

 

この先の展示エリアは、写真は撮っていません。

真田昌幸、幸村、そして大助の軌跡やその功績などを、「上田時代」「九度山時代」「大坂の陣」「九度山異聞」「真田伝説」「十勇士伝説」の各コーナーに分け、パネルや史料、映像などで紹介しています。

 

大坂の陣」コーナーでは、最近よく御朱印巡りで大坂の陣ゆかりの場所をまわっていたこともあり、「ああ、あそこか~」なんて一人楽しんでいました(笑)。

そして、特に印象的だったのが「九度山異聞」のコーナー。昌幸・幸村父子の九度山での蟄居生活の14年間を読み解き、その生活ぶりを再現した空間になっているのですが、

これが、お化け屋敷並みに暗くて(笑)。仕掛けもあるし、他にお客さんがいなくて私一人だったので、無駄に驚いたり「おおっ」とかつぶやいちゃったりしながら進みましたよ(笑)。

 

企画展示室は、その時々で企画展が行われています。

現在は、『真田忍者、参上!~忍の術は攻めるにあらず~』が開催中です。

(開催期間:2021年4月1日~7月25日、9月1日~2022年3月27日)

真田忍者って、初めて聞きました。他にお客さんがいなくて貸し切り状態だったので、ここにあった手裏剣でちょっと遊ばせてもらいました(´・ω・)

 

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↑企画展示室の椅子が、六文銭

 

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↑スタンプがあったので押してきました。

 

ミュージアム自体はそれほど大規模ではなく、こぢんまりとしてはいるものの、なかなか力を入れて作られた感があって、特別真田ファンというわけではない私でも楽しめました(・∀・)

 

現在、九度山のまちなかでは、民家でひな人形や五月人形などを展示する「町家の人形めぐり」が開催されています。今年はコロナ対策のため、規模を縮小して開催されているとのこと。

 

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↑これは確か、人形めぐり関係なく以前からいたような。

 

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可愛いお雛様たちやお人形に出会えました。5月5日まで。

 

 

九度山・真田ミュージアム

住所:和歌山県伊都郡九度山町九度山1452-4

www.kudoyama-kanko.jp

 

 

【和歌山】やはり別格の存在感、高野山金剛峯寺。門前の桜&千住博画伯の襖絵を堪能(高野山・御朱印)

高野山を散策。

麓ではすっかり散ってしまった桜ですが、標高800~900mの高さにある高野山は春の訪れが遅く、今年最後の桜を見ようと訪れたのでした(4月11日)。

高野山には桜の木はそれほど多くはないものの、たくさんあるお寺の門前や境内に、1、2本けなげに咲いているのが、高野山の雰囲気と重なってとても風情を感じるような気がします🌸

 

この日一番人が集まっていたのは、やはり金剛峯寺でした。

 

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金剛峯寺前の、左右に咲き誇るしだれ桜。

 

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↑門前を彩るピンク、木は小さめですがとっても可愛かったです🌸

 

約3年ぶりに、金剛峯寺の中へ入って拝観しました。

www.koyasan.or.jp

高野山にはもう数えきれないほど訪れているけれど、金剛峯寺の中に入るのはこれが2回目です。

前回の記事↓

minghuabj.hatenablog.com

 

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↑正門。

 

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↑いつ見てもやはり、荘厳で存在感があります。

 

拝観料1,000円(大人)を支払い、中へ入ります。

※昨年(2020年)10月より、拝観料が値上げされました。 

御朱印を希望する場合は、受付で先に御朱印帳を預けて番号札をもらい、帰りに受け取ります。

内部は、襖絵など一部撮影禁止の所がありますのでご注意を。

 

2回目の拝観なので写真は少なめですが、素敵な場所はやはり撮りたくなります。

撮影できませんが、それぞれの間に描かれた襖絵はやはり素晴らしく、見入ってしまいました。

 

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↑美しい蟠龍庭(ばんりゅうてい)。この季節は桜が彩ってくれています🌸

 

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↑こういう石庭を見て美しいと思える気持ち、大切にしたいものです。

 

あと、前回訪れた時の記憶がないのですが、新別殿。きっと見たはずなんだけど…😅

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弘法大師空海像と、両側に曼荼羅

 

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↑お隣には、中国西安空海密教の教えを授けた師、恵果和尚の像も。

 

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↑大広間の外には、高野山のキャラクター・こうやくん。あれ、顔がない!と思ったら、顔はめパネル化しちゃって( ´艸`)

 

そして、前回訪れた時にはなかった、一番の見所。

それは、昨年(2020年)10月に奉納された、千住博画伯の障屏画です。これがまた、素晴らしい。

奉納されたのは、『瀧図』と『断崖図』の2作で、常設展示となっています。

千住博さんの障屏画は撮影が可能でした☆

 

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↑茶の間に収められたのは、全長16mを超す『断崖図』。

 

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↑ダイナミックな崖の風景。千住氏は、「十代の空海が必死に修行をした風景を思い浮かべ」て描かれたそうです。

金剛峯寺でいただいたパンフレットより)

 

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↑こちらは、囲炉裏の間。全長25mを超す『瀧図』が、周りをぐるりと取り囲んでいます。

 

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↑一見シンプルなようで、実はすごく奥深いように見えました。

 

www.koyasan.or.jp

 

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金剛峯寺の寺紋について。一般に寺紋は一つですが、金剛峯寺は二つで寺紋となっているそうです👀

 

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金剛峯寺の外にある、六時の鐘。福島正則が1618年(元和4年)に建立しました。今も午前6時から午後10時まで、偶数時に時刻を知らせてくれます。ちょうど鐘が鳴るタイミングでこの場所にいたので、思わず桜とパチリ。

 

いただいた御朱印です。

 

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↑遍照金剛。奥之院や壇上伽藍と共に、ちょっと別格の存在な気がしている御朱印です(*^^*)

 

 
 
 
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高野山 総本山金剛峯寺

住所:和歌山県伊都郡高野町高野山132

www.koyasan.or.jp

 

 

   

 

 

 

【和歌山】高野山で、授戒や写経体験ができる大師教会(高野山・御朱印)

高野山を散策。

金剛峯寺霊宝館の間くらいの位置に、大師教会という場所があります。

 

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↑こちらから入ります。両側の石碑がどーん、どーん!ととても大きくて、気迫(?)を感じます( ゚Д゚)

 

さて、ここ大師教会はそもそも何をする場所なのでしょうか?

ここは高野山真言宗の布教などを行う総本部であり、各種研修会や講習会が開催されています。

授戒や写経体験を毎日開催しており、一般の参拝客も当日申し込みで体験することができますよ。私はまだ未経験です😅

 

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↑稚児大師。幼い頃の弘法大師空海の像、ですね。

 

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↑こちらは大講堂かな?中には入っていませんが、立派なお堂です。

大講堂は1925年(大正14年)建立で、御本尊の弘法大師、脇仏に愛染明王不動明王が祀られています。

 

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↑手前には、まだ新しい修行大師像。

 

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↑こちらが教会の受付です。中にはショップがあり、高野山のグッズを購入することが出来ます。ショップは小さめで、高野山のキャラクター「こうやくん」グッズや、ポストカード、御朱印帳などがありました。

ショップの中に受付があって、そちらで授戒や写経の申込ができる模様。そして、御朱印もいただけますよ★

 

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↑ショップの前に、三鈷杵(さんこしょ)が👀これは「撫で三鈷杵」で、触っていいとのことだったので、撫でてきました(*^^*)

 

私はここでぜひ、授戒を一度受けてみたいなぁと思っているのですが、

現在はコロナ対策のため、本来は授戒堂で行われるのを、参加者同士の距離を保つために違う部屋で開催しているそうで。

ネットの口コミで、何度も授戒を体験した人のコメントに「コロナ対策で仕方ないとはいえ、違う部屋で行われるのはやや残念。授戒堂の雰囲気を感じながら受ける方がずっといい」というようなことが書いてあるのを目にして、

やっぱり、せっかく受けるなら、授戒堂でその雰囲気を体感しながら受けたいなぁ、と。

コロナが落ち着いて、元の場所でまだできるようになったら、体験しに行こうかな。

本当に早く収まってほしい(´Д`)

最新情報はHPでご確認を↓

www.koyasan.or.jp

 

いただいた御朱印です。

 

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↑遍照尊、と書かれています。僧侶の方が、気さくにお話しながら書いてくださいました。

 

ということで、コロナが落ち着いたら、授戒を体験しにまた訪れたいなと思っています。

 

 

高野山大師教会

住所:和歌山県伊都郡高野町高野山347

www.koyasan.or.jp

 

 

   

 

 

 

【和歌山】高野山の宿坊として人気の恵光院(高野山・御朱印)

高野山を散策。

弘法大師空海が眠る奥之院への入口・一の橋に近く、苅萱堂からもすぐの所に位置するお寺、恵光院(えこういん)を訪れました。

宿泊ができる宿坊としても人気のお寺で、高野山で宿坊といえばよく名前が挙がるうちの一つではないでしょうか。

高野山には現在117の寺院があり、その内宿坊寺院は52カ寺となっています。

泊まる | 一般社団法人高野山宿坊協会・有限会社高野山参詣講

私は宿坊に泊まったことはないので、一度は体験してみたいなぁ。

 

で、恵光院さん。

宿泊に訪れたわけではないのですが、ここでも御朱印をいただけることを知って、他の塔頭寺院よりもオープンな雰囲気で足を踏み入れやすく、訪れてみたのでした。

 

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↑山門。

 

恵光院の縁起については、

お大師様がこの地に五重の宝塔を建立し、弟子の道昌僧都が諸人のご廻向(先祖の御供養)をおこなった事から、廻向院と呼ばれていました。宝永年中(1704~)頃、徳川八代将軍吉宗公の命により現在の「恵光院」に改めました。
延慶元年(1308)には、京都の東寺より量調阿闍梨が当院へ転任され再興し、永禄(1558~)の初め頃になって、薩摩藩十七代当主島津兵庫頭義弘と縁を深め檀那関係にありました。また明智光秀菩提寺でもあります。

(「高野山の宿坊 恵光院 「当院のご案内」(Koyasan Ekoin Official Website)」より)

お大師様とはもちろん、弘法大師空海のこと。空海とそのお弟子さんの頃から続き、ゆうに千年を超える歴史を有する場所なのですね。

島津家や明智光秀ともゆかりがあったとは。

 

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↑中門前の池。小さいけれど、鯉が泳いでいて風情があります。

 

さて、ここに来る人は主に宿坊を利用する宿泊客だと思うので、ただ参拝だけに訪れる私のような人は少数派でしょうけれど…😅

この日も、山門をくぐると若い住職の方が元気に声をかけてくださり、最初は宿坊の利用客だと思われたらしく、「いえ、お参りに…」とお伝えしたところ、

「あちらに本尊の阿弥陀如来さまがいらっしゃるので、よかったら行かれてみてください」と教えてくださいました。

 

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↑この、石段を上ったやや小高い所にあるお堂が、本堂です。桜に彩られて、なんだかちょっと良い光景。

 

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↑石段を上ります。

 

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↑こちらが、本堂です。

中に入っていいものか分からず、外からひっそりとお参りさせていただきましたm(__)m

宿泊客は、ここ本堂の中で朝のお勤めに参加できます。

 

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↑本堂前の桜。小さめの木で可愛らしいです🌸

 

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↑境内には、毘沙門堂もあります。御本尊は、空海作と伝えられる毘沙門堂

宿泊客は朝、本堂でのお勤めを終えた後、この毘沙門堂に移動してきて護摩供養を行うそうです。

 

御朱印をお願いしたところ、快く対応してくださいました。

 

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↑2種類拝受しました(*^^*)右が、御本尊阿弥陀如来さまの御朱印。左が書置きで、これは恵光院が明智光秀菩提寺であることから、昨年大河ドラマ麒麟がくる』の放送決定を記念して始められた御朱印です。限定御朱印、とありましたが、いつまでの限定なのかは不明。『麒麟がくる』は終わったけれど、いただけましたし( ´艸`)

もう1種類、毘沙門天さまの御朱印もありました。

 

私は宿泊していませんが、恵光院はやはり、宿坊体験をしてこそ魅力が感じられる場所でしょうね。

HPでお写真を拝見したら、お部屋や内部はとても綺麗な和の空間が調っており、リラックスして過ごせそうでした。写経や阿字観体験もできますし、精進料理もいただけます。

また、恵光院のお坊さんのガイドで、奥之院ナイトツアーにも参加できるそうですよ。

コロナ前は、日本人よりも外国人観光客の方が多かった模様。英語も通じるし、とってもオープンな雰囲気を感じました。

宿坊体験、いつか泊まってみたいなぁ。

 

 

恵光院

住所:和歌山県伊都郡高野町高野山497

www.ekoin.jp

 

 

   

 

 

 

【和歌山】高野山で異彩を放つ、八角形のビルマ塔。成福院の摩尼宝塔(高野山・御朱印)

1月に訪れて以来の高野山へ。

来るたびに気になっていた、何やら異国風の塔。和の宗教都市の中において、異彩を放っています。

 

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金剛峯寺と奥之院をつなぐメインストリートの、ちょうど真ん中あたりに位置するこちらの塔。苅萱堂の斜め向かいです。日本でも珍しいという、八角形のお堂。

ここは、成福院(じょうふくいん)というお寺の、ビルマ塔こと摩尼宝塔(まにほうとう)です。ビルマ方面の戦没者を祀るために建てられました。

前回訪れた時は平日で閉まっており、現在は土日のみの開館。日曜日に再訪しました。

 

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↑塔の外にも、小さな仏像が。

 

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↑象さんたち、可愛いです🐘以上3枚の写真は前回、1月に訪れた時の写真で、雪が残っていました。

 

私がここに訪れたかったのは、中を見てみたいという単純な興味もありましたが、それ以上に、このところミャンマーのニュースを耳にするたびに、心苦しくて(>_<)

私は2017年に、旅行でミャンマーを訪れ、大いに魅了されました。ミャンマーが大好きになり、ぜひまた行きたい場所になりました。あんなに魅力的なミャンマーが、こんなことになってしまって…。

ミャンマーに一日でも早く平穏が戻るように祈りたくて、ミャンマー繋がりで思い出したのがこのビルマ塔でした。まあ、ここは戦没者を祀るために建てられた塔なので、趣旨が違うと言えばそうなのですが💦でも、ミャンマーの平和への願いはきっと聞いてもらえるんじゃないかな、と思って。

 

日曜日に訪れたら、ちゃんと開いていました。

 

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↑拝観は無料です。入ってすぐ、左手に御朱印所がありますが、お昼過ぎ頃行ったらご不在だったので、後で改めて伺いました。

 

摩尼宝塔は、成福院の前住職さまの発願で建てられました。

成福院の前住職さまは、

昭和16年、南方仏教研究のためにタイ国に至り、大戦の勃発によって陸軍嘱託としてビルマに進駐。ビルマ各地に日本語学校を設立し教育に挺身、その後ビルマ僧となって修行しました。(ビルマでは身をもって悲惨な戦争を体験)

(「高野山成福院・摩尼宝塔の縁起・ギャラリー」より)

そして、昭和19年ビルマ国より釈迦仏像と大蔵経を贈られ、無事に帰国。その仏像を本尊として、高野山ビルマ方面戦没者の供養をすることを発願したのだそうです。完成したのは昭和55年のことでした。

(参考:高野山成福院・摩尼宝塔の縁起・ギャラリー

 

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↑こちらがその、ビルマ(現ミャンマー)から贈られた、御本尊の釈迦如来さまです。

 

内部には、他にもミャンマーの仏像や資料、ゆかりの品、そして戦争の遺品、ミャンマーの写真などが多数展示されていました。

広くはありませんが、ミャンマーに興味があるのでまじまじと見入ってしまいました。

 

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↑こちらも、ミャンマーの仏さま。

 

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↑大きな仏足。

 

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↑願い事を唱えながら6回回す、とあったので、やってみました。

 

塔内には地下もあり、「極楽巡り」ができるそうです。しかし、現在は封鎖され、地下には入れないようになっていました。再開するのか聞いておけばよかった!

ネットで地下巡りをした人の口コミを見ると、「お化け屋敷よりも怖い」なんて書かれていて😅どんなものなのか興味津々です。再開されるといいな。

地下室にはさらに、寝釈迦像も安置されているそうです。

 

御朱印をいただきました。

 

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↑釈迦如来、と書かれています。

御朱印をいただく際に、ご住職さまが気さくにいろいろ話しかけてくださり、梵字の意味など説明していただきました。

ミャンマーの情勢が心配で…」との話も聞いてくださり、お忙しい中ありがとうございましたm(__)m

 

摩尼宝塔のお隣には、成福院さんが宿坊を営んでいます。

 

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↑山門。

 

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↑ちょっとお顔がふっくらしている、入山大師。

 

大きな見所がたくさんの高野山では、なかなかこの摩尼宝塔まで見る人は多くはないと思いますが、ちょっと異彩を放つこちらにも、ふらっと立ち寄ってみてもいいかもしれませんね。 

そして、一日でも早くミャンマーに平穏が訪れますように。

 

 
 
 
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成福院

住所:和歌山県伊都郡高野町高野山593

koya-jfk.travel.coocan.jp

 

 

   

  

 

 

【奈良】かつてはならまちも境内地の一部だった、世界遺産「古都奈良の文化財」の元興寺(奈良市・御朱印)

奈良市のならまち周辺をぶらり歩き。

現在は、古い街並みが残る中にレストランやカフェ、ショップなどが立ち並ぶ、人気の観光エリアになっているならまちですが、昔はこのならまち全体が、元興寺(がんごうじ)の境内の一部だったと知りました。

その後衰退してしまったものの、「古都奈良の文化財」として世界遺産にも登録されている元興寺。興味津々で初めての参拝に訪れました。

駅からだと、近鉄奈良駅から徒歩約15分、JR奈良駅から徒歩約20分の位置にあります。

 

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↑あれ、私はどうやら、裏口に入り込んでしまったようです。正門を探します。

 

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↑こんな張り紙が。この辺りでは鹿さんを見ませんでしたが、来ることもあるのかな?

鹿さんの多い奈良公園春日大社東大寺の辺りからは少し離れていますが、来ようと思えば来られる距離ですしね🦌

 

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↑「駐輪処」の小さな案内がなんだか可愛くて。

 

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↑はい、着きました。こちらから拝観します。

目の前に見えているのは、東門です。重要文化財に指定されており、元は元興寺極楽坊の正門だったそうです。

東門の左側に、受付があります。拝観料500円を支払い、いざ中へ。御朱印をいただくならば、受付で先に御朱印帳をお預けし、帰りに受け取ります。

 

元興寺は、飛鳥に蘇我馬子が建立した日本最初の本格的伽藍である飛鳥寺法興寺)が、平常遷都に伴って、718年(養老2年)に官大寺として移築されたのが始まりです。

明日香村の飛鳥寺と、そんな由縁があったのですね。

かつては、その境内は非常に広く、多くの信仰を集めていました。しかし、1451年(宝徳3年)の土一揆により、金堂などが焼失。その後、焼け跡に民家が建てられていったこともあり、旧境内は町屋街化しました。そして、

現在、「史跡元興寺」として指定されている地域は、奈良市中院町の「元興寺極楽坊」、同市芝新屋町の「元興寺塔跡」、同市西新屋町の「元興寺小塔院跡」の3か所である。

(「元興寺 - Wikipedia」」)

今回私がここに書いているのは、奈良市中院町の「元興寺極楽坊」の一帯にあたる、というわけなのです。

gangoji-tera.or.jp

元興寺塔跡」と「元興寺小塔院跡」は、また別の場所にあります。

gangoji-tera.or.jp

 

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↑まず目に飛び込んでくるのが、こちらの建物。ここが、極楽堂(極楽坊本堂)、現在の本堂です。国宝に指定されています。

派手ではないですが、歴史を感じる、静かな趣に魅了されます。

御本尊は、智光曼荼羅

中に上がって拝観できます(撮影不可)。静かな気持ちで、心を落ち着かせることができる空間でした。

 

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↑同じく国宝の、禅室。

 

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↑僧侶が生活し、修業した場所でした。

 

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↑極楽堂の左手側には、法輪館という大きな建物が。ここは昭和に建てられた収蔵庫で、国宝・五重小塔や重要文化財阿弥陀如来坐像、重要文化財聖徳太子立像など、素晴らしい仏像や資料が安置されています。個人的には、ここだけでもかなり満足してしまいました(笑)。

西国四十九薬師霊場薬師如来坐像も、こちらにあります。

重要文化財弘法大師坐像は、どこかの博物館に出張中でお目にかかれませんでした😅

 

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↑法輪館前にずらりと並ぶ、多数の石塔。これは何だろう?

 

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↑浮図田(ふとでん)といい、禅室の北西部石舞台に積み上げられていたものを、1988年に現在の形に並べ直したのだそうです。その数2500余基!

 

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↑佛足石。

 

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↑小さな土間の中には、不動尊がいらっしゃいました。

 

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↑ちょっと素敵な手水舎。

 

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↑「振り返って見上げてください」「日本最古瓦」とあるので、振り返ってみると。

 

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↑その位置からちょうど、禅室(手前)と極楽堂(奥)の屋根瓦が見えます!一部、色が違う瓦が見えますよね。

これは、飛鳥時代の瓦なのだそう。すごいなぁ。

 

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↑講堂趾。

 

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↑弁天社。

 

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↑ほぼ散ってしまった桜の木の下に、あれ、どなた様?( ´艸`)

 

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↑かえる石。河内の石べりにあったのを、豊臣秀吉が気に入って、大坂城に移したそうです。その後、「ご縁があってこの寺に移され」たのですって。

 

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↑確かに、カエルのような形をしています🐸そばにはお供のカエルがケロケーロ。

 

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↑万葉歌碑。

 

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↑万葉歌碑のそばには、たくさんの小さな石像物が。このお方、ちょっと怖い(´・ω・)

 

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↑出口受付、可愛いです(´・ω・)

 

帰りに、受付で御朱印帳を受け取ります。

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↑2種類拝受しました。右が、御本尊の「智光曼荼羅」。左が、薬師如来「瑠璃光」で、西国四十九薬師霊場の第5番札所です。

いやぁ、素晴らしい筆。見とれます。

 

東大寺興福寺や、唐招提寺といった、超・メジャーどころなお寺に比べると少々地味な存在かもしれませんが、元興寺、個人的には落ち着いていてとても良かったです。

かつての広大な境内が今は一部しか残っていないのが残念ではありますが、ならまちを歩きながら、昔の繁栄に思いを馳せるのもまた一興ですね。

 

 

元興寺

住所:奈良県奈良市中院町11番地

gangoji-tera.or.jp

 

 

 

【奈良】”おまんじゅうの社”もある!?徳川家康にもゆかりの漢國神社(奈良市・御朱印)

奈良市をぶらり歩き。

近鉄奈良駅から徒歩3分ほどの場所に鎮座する、漢國神社(かんごうじんじゃ)を訪れました⛩ここ、来てみたかったのです。 

 

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近鉄奈良駅から南北に延びる大通り、「やすらぎの道」沿いに鳥居が構えられているので、分かりやすいです。

鳥居の前に、左右に2つの社標が立っています。一つは、漢國神社。そしてもう一つは、「饅頭の祖神 林神社」。饅頭?とっても気になります。こちらにぜひ訪れたいと思ったきっかけでもあります🎵

 

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↑参道を進むと、このような門が。なんだかお寺のような雰囲気のある門です。神社の境内でこのような造りは初めて見ました。

 

漢國神社は、飛鳥時代推古天皇元年(593年)、勅命により大神君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が大物主命(おおものぬしのみこと)に始まります。その後、養老元年(717年)には、藤原不比等大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)を合祀しました。

…あれ、大神君白堤って、近くにある率川神社を創建した人ではないですか。しかも、年代も593年と同じ!

率川神社は「奈良市最古の神社」ということでしたが、この漢國神社も同じ年。ほぼ変わらない、長い歴史を有しているのですね。

ということで、御祭神は大物主命、大己貴命少彦名命

 

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↑門をくぐると、桜が迎えてくれました。結構散りつつありましたけれど🌸

 

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↑手水舎。

 

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↑鳥居、その奥は拝殿・本殿です。社殿の写真がうまく撮れず、見づらくなってしまいました💦

境内は広くはなく、こぢんまりとしています。この日は週末でしたが、メインの観光エリアとは違ってこちらに来る人はあまり多くないのでしょうか。一人で静かに参拝できました。

 

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↑本殿は、1610年(慶長15年)頃の建立だそうです。

そしてここに、何やら興味深いことが書いてあります。徳川家康にゆかりがあるとか…?神社HPには、こうあります。

慶長十九年十一月十五日、大坂陣の際、徳川家康公木津の戦に破れ当社境内の桶屋に落忍ばれ九死に一生を得給う。
依って報賽祈願の為翌十六日当社に御参拝、御召鎧一領を御奉納遊ばさる。

由緒 | 漢國神社より)

家康は境内の桶屋の桶に隠れて、追ってきた真田幸村とその配下に見つかることなく、九死に一生を得たといわれており、その後漢國神社に参拝して自らの鎧を奉納した、のだそうです👀

鎧は現在、国立奈良博物館で保管されています。

家康とそんな繋がりがある神社だったとは!

 

そして、漢國神社の境内で見逃せないのが、社標にもあった林(りん)神社。おまんじゅうの神社なんて聞いたことがなくて、興味津々です🎵

 

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↑境内にひっそりと、ありました!林神社。

 

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↑お社の左右に、ちゃんとおまんじゅう(*^^*)小さなお社で、可愛いです。

 

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狛犬さんが、おまんじゅうを守っているようにも見えます( ´艸`)

 

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↑饅頭塚。

 

そもそも、なぜここでおまんじゅうが祀られているのかというと…。

正確には、おまんじゅうではなく、”おまんじゅうの祖”をお祀りしているのですよね。

林神社は我が国で唯一の饅頭(まんじゅう)の社。林浄因命は中国淅江省の人で、詩人・林和靖(りんなせい)の末裔。
貞和5(1349)年に来朝し漢國神社の社頭に住まれ、わが国最初の饅頭(まんじゅう)をお作りになり好評を博しました。
その後、足利将軍家を経てついには宮中に献上するに至りました。

まんじゅうの社 | 漢國神社より)

とのことで、御祭神は林浄因命(りんじょういんのみこと)です。

まんじゅうの由来なんて考えたこともなかったけれど、中国からやって来た人が、奈良のこの地で、日本で最初にまんじゅうを作り売り出したのですね。びっくり!

毎年4月19日には、例大祭(まんじゅう祭り)が行われ、全国から菓子業者が集まるのだとか。(コロナ禍で、まんじゅうの振る舞いの中止など、規模が縮小されているようです)

 

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↑八王子社。

 

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↑葵神社。東照大権現、つまり徳川家康を祀っています。

 

小さな神社ですが、徳川家康におまんじゅうと、ユニークなエピソードを持つ興味深い場所でした。

社務所御朱印をいただきに。

 

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↑オリジナル御朱印帳も拝受しました♡ネットで見かけて、欲しかったのです~。だって表紙にはさりげなく、おまんじゅう!御朱印帳のデザインは多種多様ですが、おまんじゅうが描かれた御朱印帳なんてなかなか他に見当たらないのではないでしょうか。可愛い💛

 

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御朱印帳に書いていただいた御朱印です。

…と、境内を後にして気が付いた。

御朱印帳の1ページ目に書いてもらうはずが、表紙と裏表紙を間違えて、裏表紙からめくった1ページに書かれてしまったのでした!ありゃりゃ~(´・ω・)

まあ、これはこれで良いです。気にしない気にしない(笑)。

 

 

漢國神社

住所:奈良県奈良市漢國町2番地

kangou-jinja.jp