【大阪】”義経の腰かけ石”がある、踞尾八幡神社(堺市・御朱印)
大阪・堺ぶらり歩き。西区にある、踞尾八幡神社を参拝しました。
神社名が読めない!踞尾は「つくの」と読むそうです。Wikipediaでは「つくお」になっています。
最寄り駅はJR阪和線津久野駅、徒歩約5分。この辺りの地名が「津久野」で、神社名の「踞尾」が関係していそうですね。
駅から住宅街をトコトコ歩いて、到着です。
↑こちらからお邪魔します⛩
↑正面鳥居。境内はこぢんまりとしていますが、地域で愛されている神社だなぁという印象を持ちました(*^-^*)
踞尾八幡神社はなかなか古い歴史を持つ神社です。神功皇后が三韓征伐より凱旋した際に、この地に立ち寄ったと伝わり、850年(嘉祥3年)、現在地に社殿を建てて誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇のこと)を祀ったのが起源とされています。
八幡神社なのでもちろん、御祭神は誉田別命、すなわち応神天皇ですね。
↑拝殿の装飾が細かくて素敵です🐉こういうのに目を奪われがち。まじまじと見てしまいます。
↑拝殿前の狛犬さん。頭も背中もペタンコ系です🐕
↑別称「勝駒八幡宮」というのが気になります👀その由来は、どこにも見当たりませんでしたが…💦
↑アマビエさんの旗に見守られながら、二礼二拍手一礼で参拝しましたm(__)m
↑境内の八幡五社大神。
↑霊安社。
この神社は、小さな境内で大きな御神木が目立っています!
↑拝殿横の御神木。樹齢850年、とあります。
↑本殿横の御神木の楠は、樹齢700年🌳
↑平和観音、とあります。
さて、境内にはこんな興味深いものも。
↑源氏之遺跡 義経腰かけ石。
んんん、いきなり義経とは驚きました(笑)。これは、
源義経が八嶋に渡る途中、暴風にあい家来の武蔵坊弁慶などを連れて踞尾に避難し、当神社に馬鞍を奉納して武運長久を祈願した時、義経が休息のため腰をかけたといわれる「義経腰かけ石」が、境内の正面参道階段を上った左手にあります。また、義経一行が神野庄司佐衛門宅に泊まり、千度講が食事の世話をしたので、その時の礼状が踞尾八幡神社古文書として保存されています。
(「踞尾八幡神社|スポット|堺観光ガイド」より)
へぇー、義経とゆかりのある場所とは知りませんでした!
↑あれ、こちらにも狛犬さんが。やっぱり、ペタンコ頭系。
社務所のインターフォンを鳴らし、御朱印をいただきました。ご丁寧に対応いただきありがとうございましたm(__)m
↑書置きです。うーん、ちょっと印刷っぽい気がします😅字体がカッコいいですね。
ちょっと小高い境内からの景色にほのぼのしました。
この日もご縁に感謝です😆
踞尾八幡神社