【大阪】”日本仏法最初の官寺”四天王寺は見所満載(天王寺・御朱印)
天王寺で御朱印さんぽ。大阪を代表するお寺の一つ、四天王寺を訪れました(2020年11月)。
四天王寺は日本史の授業でも出てきたし、行かなきゃ行かなきゃ!と思っていて、ようやく行ってきました。境内はとても広く、見所満載で、じっくり見ていたら半日はいられそうなくらい。 とても充実した時間を過ごせました。
↑お寺なのに、こんなに大きな鳥居がお出迎え!びっくりしました。神仏習合の昔をいきなりまざまざと見せつけられます。そして、「大日本佛法最初四天王寺」の石碑も大きくてかっこいいです。
↑境内地図。とても広いです。私が入ってきた大鳥居は、西門にあたります。
鳥居をくぐってすぐ左手には、四天王寺学園(四天王寺高等学校・中学校)もあります。お寺の中に学校があるなんて👀門構えもかっこよかったです。
↑この日は愛犬ぽー🐶はお留守番で、私一人で訪れましたが、やはりペットと一緒に入れるかは気になります。リード必須で(当然!)、ルールとマナーを守った上で、入らせていただけるとのこと。ありがたいです。この日もワンちゃん連れの参拝客をちらほら見かけました。
四天王寺は、今から1400年以上も前の593年(推古元年)に創建されました。聖徳太子が鎮護国家と衆生救済のため、仏教の守護神である四天王を安置し建立した、日本仏法最初の大寺と伝えられています。「和宗」の総本山で、和宗とは聞き慣れない宗派だなぁと思ったら、
宗派は天台宗に属していた時期もあったが、元来は特定宗派に偏しない八宗兼学の寺であった。日本仏教の祖とされる「聖徳太子建立の寺」であり、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年(昭和21年)に「和宗」の総本山として独立している。
(四天王寺 - Wikipediaより)
とのこと。なるほど~。
また、四天王寺式伽藍配置は、日本史の授業でも学びました。日本で最も古い伽藍配置様式の一つです。
そして、聖徳太子は、四天王寺の創建の際に四箇院を設置しました。
四箇院とは、敬田院(きょうでんいん)、施薬院(せやくいん)、療病院(りょうびょういん)、悲田院(ひでんいん)の4 つのことで、敬田院は寺院そのものであり、施薬院と療病院は薬局・病院にあたり、悲田院は病者や身寄りのない老人などのための社会福祉施設にあたります。
境内はとっても広くて、散策するのが楽しかったです。思わず写真をたくさん撮ってしまいました。
拝観は無料ですが、一部(中心伽藍、宝物館、本坊庭園)有料となっています。
↑極楽門。大きくて立派です。
↑極楽門を抜けて目の前に現れるのが、五重塔と金堂です。この光景、好きだなぁ。
そうそう、私が訪れたのは11月1日で、毎月第一日曜日に行われる「わつか市」が開催されていました。屋台がたくさん出ていて、ワクワクします。家族連れも多く訪れていました。この時はまだコロナ第3波の前で、街にある程度活気が戻ってきた感じがしていたんですよね…。しかし、この次の12月は、コロナのため中止となりました。本当に、早く収束してほしいです><
↑手水舎。
↑極楽門の手前には、布袋堂があります。大阪七福神の札所になっている布袋さんだ!
↑見真堂の外にある、親鸞聖人像。
↑こちらは弘法大師修行像。もちろん真言宗の開祖、空海ですね。
極楽門を抜ける前で既に親鸞聖人と弘法大師空海にお目にかかり、ここ四天王寺が「和宗」のお寺であることを早くも実感しつつあったのでした。
↑丸池。この角度がなんだか好きです。
↑地蔵山にて。
初めてなので、興味津々で中心伽藍を拝観することに。300円の拝観料が必要ですが、それ以上の価値があると思えるほど、なんだか感動してしまいました。拝観してよかった!
↑中心伽藍に足を踏み入れると、目の前に立ちはだかる、五重塔と金堂。やや新しい外観からも分かるように、幾度も戦火や天災の被害で焼失してしまったため、こちらは再建されたものとなります。五重塔は、1959年建立の8代目。
↑この日は天気が良く、青空に映える姿が美しくて、回廊からしばらく眺めていました。
境内はわつか市もあり多くの人で賑わっていたけれど、中心伽藍を拝観する人は少なくて、この特別な空間でゆったりと拝観することができました。
↑金堂。
回廊をぐるっと回って、金堂の後ろにある講堂へ。中に入れました。
十一面観音菩薩や阿弥陀如来坐像などが祀られており、迫力がありました。そして堂内には壁画も描かれています。特に阿弥陀如来坐像は大きくて驚きました。
↑四天王寺式伽藍配置について。
↑回廊から東の方に見えたこの可愛らしい屋根の建物は、太子奥殿です。
↑龍の井戸。もちろん、中を覗きました👀
中心伽藍を拝観できただけでもかなり満足してしまった私ですが、大きな四天王寺、まだまだ見所があります。
↑六時堂。手前は石舞台です。
この石舞台の両側は池になっているのですが、びっくりたまげました。
↑か、亀さんだらけー!🐢🐢🐢
↑こんなに亀さんがたくさんいるのを、初めて見ましたよー。水面に上がって、日向ぼっこでしょうか。密です!と思わず言いたくなりますが、亀さんならいくら密になってもOKです!( ´艸`)
↑こちらにも、密な亀さんたち🐢
↑六時堂は六時礼賛堂とも呼ばれ、昼夜6回にわたって諸礼賛をするのがその名前の由来だそう。薬師如来と四天王などを祀っており、重要文化財に指定されています。
↑亀の池と六時堂。いやぁ、この日一番のびっくりかもしれません、この亀さんたち🐢
↑そして、その亀の池をはさんで六時堂の反対側にある、亀井堂と亀井不動尊。こちらの亀井不動尊は、近畿三十六不動尊の第一番札所となっています。ご本尊は水掛不動尊。
↑番匠堂。
↑普賢菩薩を祀った、普賢堂。
↑…と、いきなり野沢菜!何ナニー!?面白すぎます( ´艸`)
えええっ、「野沢菜原種旅の起点」ですって👀
↑太子殿にも少しだけ上がらせていただけました。
↑万燈院。紙衣堂(かみこどう)とも呼ばれ、おおさか十三仏霊場の第四番札所になっています。
↑中心伽藍の南側に位置する、中門(仁王門)。左右に安置された、赤と青の金剛力士像はとても迫力があります。
↑南大門の外から。ここから南に下り徒歩3分くらいの場所に、飛び地境内の四天王寺庚申堂があります。
この日はここまで。最後に納経所にて、御朱印をいただきました。
四天王寺は多くの霊場の札所になっており、御朱印もたくさんの種類があります。
↑こんなに!!ここに書かれているのは16種類です。
↑今回は2種類を拝受しました。右は、四天王寺の一番代表的な御朱印で、こちらは上の霊場一覧には含まれていないのですが、初めてなのでまずはこちらをいただきたく。右上には「大日本佛法最初」の印、真ん中には「大悲殿」と書かれています。
左は、大阪七福神の「布袋尊」です。大阪七福神の神社やお寺をいくつか回ってきたので、こちらでも。
大阪七福神については→【大阪】なんば周辺で福巡り。今宮戎神社と敷津松之宮(大國主神社)で御朱印をいただく - 元・ふわふわ北京日和
聖徳太子が建立したこの四天王寺の御朱印を、叡福寺で拝受した聖徳太子の御朱印帳にいただけて嬉しいです(*^-^*)
とっても広くて見所たくさんの境内。この日は宝物館や、本坊の方には行かずじまいでした。宝物館も、本坊の奥にある極楽浄土の庭にも行ってみたいし、必ず再訪します!